数学を好きになったきっかけとその後

数学を好きになったきっかけとその後

はじめに

これからもマジシャン(大道芸人)は続けて行くつもりですが、コロナウィルスの影響で仕事がすべてなくなったこともあり、職業選択について少し考えるようになりました。

鈴木祐さんの「科学的な適職 4021の研究データが導き出す、最高の職業の選び方」という本を読んでみて、あらためて自分の価値観に沿った職業選択が大切だということを学びました。

自分が好きなものについて自分がどう考えているかを知るのは自分の価値観を知るとっかかりになるかと思い、今回はぼくが好きな「数学」について考えてみます。

大学に進学した理由は「数学をもっと学びたかったから」で、在学中に数学の教員免許も取得し、大学院に進学し博士号を取得しました。

その後、研究者として1年間だけ働くことになりましたが、結局辞めてパフォーマーの道を進むことになりました。

それぐらいぼくの人生の大きな部分を占めているのが「数学」です。

今回は時系列に沿って、ぼくが数学とどう向き合ってきたのかをざっくり書いていきます。

小さい頃からパズルや数字が好きだった

ぼくは幼稚園児や小学生の頃からパズルを解いたり、数字を扱うのが好きでした。

九九を習った直後に掛け算の可逆性について理解したり、分数を習った直後に自分で「約分」というものを思いついたりしました。

まだ約分も習っていないときに、1/2と答えるべきところを3/6と書いてバツを食らったこともありました。

約分の逆をしていたので、約分を習った後ならバツを食らっても仕方ないということはわかるのですが、当時自分はこれが正しいと思っていたのに、自分の考え方は間違っていたのだろうかと深く悩んでいたような気がします。

「1/2=2/4=3/6=4/8=…」というのを発見したときは「これはすごいぞ!」と少し感動していたところをバツ一個でぶっ壊されました。

他の科目では習ったこと以上に深く考えることはなかったんですが、算数に関しては習ったこと以上に深く考えて、自分なりの理論や理解を深めておりました。

小学生の算数のときから問題の解き方が複数あるという面白さにも気づいていたと思います。

スーパーファミコンの「ゼルダの伝説 神々のトライフォース」にハマることで、パズルを解く楽しさやゲームの面白さを知って、数学を好きになるきっかけを与えてくれたと思います。

中学生の頃の数学の授業が大きい

ぼくの通っていた中学の数学の先生が少し特殊でした。

あの先生がいなかったら大学進学の理由も変わっていたでしょうし、大学院まで進んでいなかったかもしれません。

数学という学問を好きになった一番大きなきっかけを与えてくれたのは、中学生の頃の数学の授業です。

最初の授業で「点とは何か?点とは存在である!」という話をしていて、ナニコレ?オモシロイ!と衝撃を受けました!

数学で扱う点は、図に描くと黒い丸で大きさを持ったものには見えるけれども、実際に考えているのは、大きさを持たない描きようのない「存在」を意味しています。

点には長さや大きさはなく、ただそこに「ある」というものです。

何かこれ「哲学」っぽくないですか?

まず最初の授業で衝撃を受けたのですが、その後も数学で必要な考え方として、「演繹法」、「帰納法」、「三段論法」、「定義」、「定理」、「命題」など様々なことを一つ一つ丁寧に説明してくれました。

例えば、数学で扱う命題というのは「真(正しい)か偽(間違っている)かが明確に決まる文章」のことです。

「エンターテイナーミキヤは大阪イチのイケメンマジシャンである」というのは人によって判断が分かれるので命題ではありません。

もっとこのあたりの話を深く掘ることもできますが、難しくなりすぎるのでこのへんで。

とにかく、数学の論理的な面白さ、哲学的な面白さ、抽象的な面白さ、パズル的な面白さなどを教えてくれたのが、中学生の頃の数学の先生でした。

高校生の頃に少しだけ数学が嫌になった

「理解できる」≠「点数が取れる」

中学生の頃までは、数学のテストのための勉強というのを一度もしたことがありません。

授業を受けて宿題をやっていれば十分に理解できましたし、安定して90点以上をたたき出しておりました。

高校入試の数学の点数は満点でした。

高校生になっても同じように点数が取れるだろうと思っていたら、最初の中間テストで確か60~70点くらいだったと思うのですが、ショックを受けるぐらい点数が落ちてしまいました。

このときに「理解できる」と「点数が取れる」は違うということを思い知りました。

自分が思っているほど「頭の回転が速くない」、「計算が速くない」ということも思い知りました。

高校数学になると一問一問を解くのにそこそこ時間がかかるので、「効率よく早く解く」という能力が必要になってきます。

悔しすぎたので、それ以降は「問題を見た瞬間に考えずに手が動く」ということができるようになるのを意識して勉強しました。

中学まではただ楽しいだけの数学だったものが、少し苦痛を伴うものになりました。

極限値(微積分)があいまいすぎて嫌い

高校数学の中でどうにも納得のいかない分野がありました。

「極限値」というものを扱う分野です。

要するに微分・積分などを扱う分野です。

微分・積分は極限値によって定義されます。

極限値というのは例えば、xを無限大に大きくすると1/xは0に近づくとかそういう話です。

直感的には、分数は分母を大きくすれば0に近づくというのは当たり前の話なのですが、「もう少し明確に定義できないのか」というのを高校生の間はずっともやもやしていました。

これをもう少し正確に理解したいというのが大学進学の理由の一つでした。

(実際に大学数学では「εδ論法(イプシロンデルタろんぽう)」というものがあり、極限値をより明確に定義してくれていました。)

わからないものは嫌いとなってしまい、微分や積分の分野は大学受験の数学のそこそこの部分を占めるにもかかわらず、勉強には力が入りませんでした。

この苦手意識は今でも強いです。

大学院で「代数幾何学」を学ぶことになったのもなるべく微分・積分と関わりのない分野をしたかったというのもあります。(実際には、代数幾何学も微分・積分と大いに関係がありましたけど(笑)。)

「数学の好きな部分」≠「評価を受ける部分」

高校時代に、自分が数学に魅力を感じている部分を勉強するだけでは評価を受けないということを学びました。

このときにちょっとした挫折感を味わいました。

今思うと、先生からの評価、成績、同級生の点数などをそこまで気にする必要はなかったかもしれませんね。

もっと自分の好きな部分だけ突き詰めて考えていれば、今は全然違った人生を歩んでいたのかもしれません。

最近読んだ梅原大吾さんの「勝負論 ウメハラの流儀(小学館新書)」にも幸せになるためには「他人からの評価」よりも「自分の成長」が大切だということが書かれていて、最近強く感じていることでもあります。

大学数学

当たり前だと思っていたことをより厳密に

先ほど書いた極限値の定義も含めて大学数学では当たり前だと思っていたことをより厳密に考えていくということがなされていて少し嬉しかったのを覚えています。

松坂和夫さんの「代数系入門」には1+1=2から始まって、すべての数の足し算、引き算、掛け算、割り算を構築していくことが書かれています。

小学生からやってきた当たり前の計算を定義するというのが何とも面白く感じられてその部分は一気に読み上げたのを覚えています。

久しぶりにAmazonで見たら「 お客様は、2005/7/10にこの商品を注文しました。 」と表示されて、もう15年も経つのかと感慨深いものがありました。

1+1=2は当たり前なのではなくて、1+1=0になることもあるというのを大学数学で学びました。

小学生で習った円周率3.1415926535…というのも極限値を使って明確に定義をするということを学びました。

高校時代に習った0.9999…=1の意味も極限値の定義から導くことができてスッキリしました。

その一方で、線形代数や微積分といった分野では、「計算ができること」が重視されていて、「厳密な議論」が無視されることもあり、ぼくは納得できなかったのでモヤモヤしました。

これは、物理学科や化学科や情報学科の学生も受講していたこともあったり、将来就職したときのことを考えられたりして、あくまでも数学を道具として使いこなすことが重視された結果なので、仕方ないと言えば仕方ないと言えます。

大学一年のときは特にこの「計算」が重視されるので、そこにあまり魅力を感じないぼくのような人からしたら、大学二年までは頑張って耐える必要があります。もしくは自分で本を購入して独学で勉強する必要があります。(あくまでもぼくが通っていた関西学院大学の話です。)

成績を気にしていた

大学数学で数学の面白さを知りつつもその一方でやっぱり成績を気にしていました。

これは給付型の奨学金を獲得するためにも成績を上げなければという気持ちもありました。

関西学院大学では成績がはっきりと百点満点で出ます。秀、優、良、可、不可とかではありません。

数学の成績はほとんどの授業で100点をたたき出しました。

おそらく歴代の関西学院大学の成績の中でもトップなのではないかというくらいで、そのことにも喜びを見出していました。

他の学生と比べ物にならない程の成績を上げることができて優越感を持てたのですが、ぼくと同じレベルで数学の話ができる人がほとんどいなかったという孤独感も味わいました。

もしも京都大学に通っていたとしたら、この優越感を持つこともなく、大学院に進学していなかったかもしれません。(京都大学の入試に落ちて良かったとも言えます。)

大学院

大学4年のときのゼミの先生に大学院進学を勧められたのもあり、もう少し学んでみたいという気持ちもあり、大学院進学を決めました。

大学4年のときに代数幾何学の基礎的な部分を学び、その面白さを知ったのでもう少し深いところまで学んでみたいというのもありました。

大学院時代に大道芸サークルを立ち上げることになったので、進学していなかったら今マジシャンをやっていなかったかもしれません。

大学院には修士課程2年間と博士課程3年間があったのですが、修士課程に進む学生は少なくなかったです。

単に学生の期間を延長するために進学した人が多かったと思います。

そのためぼくと同じレベルで数学の話ができる人は少なく、優越感を得たものの孤独感も味わいました。

そして、博士課程に進学する学生はぼくの周りでゼロでした。

いざ一人になってみると、周りの学生に足を引っ張られるということもなくなったのですが、一気に孤独感が強くなりました。

そんなときに、神戸大学の大学院生と自主ゼミを毎週行うようになり、孤独感はなくなりました。

大道芸サークルの仲間たちとマジックやジャグリングの練習やパフォーマンスをしたというのも孤独感を消してくれました。

孤独感はなくなったのですが、今度は神戸大学で劣等感を感じるようになりました。

神戸大学の大学院生で、ぼくよりも遥かに理解力のある人やぼくよりも遥かに楽しそうに数学を勉強している人がいて、この世界はぼくには向いていないかもしれないと感じるようになってきました。

今まで成績を目標に勉強してきたので、内的な欲求で勉強するというのが難しくなってしまったのもあると思います。

そんな中でも指導教授のおかげで、ぼくの論文が専門雑誌に掲載されて、博士号を取得することができました。

関西学院大学で博士号を取得するには、「専門雑誌に論文が掲載されること」が条件として必要だったと思います。

ぼくの力ではなくほぼ指導教授の力でした。

指導教授は代数幾何学の分野では世界的にも有名な先生で、その教授の推薦で研究者として就職することもできました。

博士号を取得しても研究職につけない人も多いと聞きますが、ぼくはかなり幸運だったと思います。

数学の研究者

研究者の生活は自由

博士号取得後は数学の研究者としての仕事となりましたが、無名の研究者は本当に自由でした。

いつ研究室に行ってもいいし、行かなくても問題ない感じでした。

何度か研究集会で発表したり、東京の大学に呼ばれて講演をすることもありましたが、それ以外は本当に自由でした。

その自由さは逆に苦痛になっていたのかもしれません。

大学院のときから引き続き週に一度ゼミを行っていましたが、それがなかったらもっと苦痛だったのかもしれません。

数学者を喜ばせるのが数学者の仕事

数学の研究者が行うべき仕事は、未解決の問題を解決するもしくは解決の糸口になりそうなものを見つけるということです。

数学には大きく分けて純粋数学と応用数学と言われる分野がありますが、ぼくがやっていたのは純粋数学です。

応用数学とは数学を他の分野に応用することに焦点が当てられて研究が進められる数学のことで、純粋数学とは数学的真理そのものを追求する学問のことです。

応用数学でも起こりえますが、特に純粋数学では、それを解決したからといって日常生活にすぐに役に立つような発見というのはまれです。

数学者を喜ばせるのが数学者の仕事です。

過去の数学者が「AならばBである」という仮説を立てたとして、以下のいずれかを行うのが数学者の行う仕事です。

  • 「AならばBである」ことを証明する(これが理想ですが、簡単にできないからこそ未解決問題となっています)
  • 「AであるがBでない」という反例を見つける(これも理想的な解決方法)
  • 「Cという条件のもと、AならばBである」ことを証明する(真っ正面からぶつかっても解けないときは、条件付きで解くということです)

いずれにしても「証明すること」が仕事です。

正直言ってかなり孤独な戦いになります。

数学者となると、学生時代の成績とか計算能力とかはもはやどうでもいい世界です。

「コツコツと仮説を立てて証明できないか繰り返し考える」という能力が求められます。

ぼくにもう少し数学と向き合う力があれば何か発見ができたのかもしれませんが、何も発見することなく研究者としての職を辞めることになりました。

ちょうどその頃に大阪パフォーマーライセンスに合格したというのも研究者を辞めるきっかけにもなっています。

さいごに

特に内容を事前に決めずに、数学について時系列を追って書いて行こうと書き始めたら最初に想定していなかった程のボリュームになりましたが、自分自身について深く知ることができました。

もしまた研究者として働きたいかと聞かれたら、間違いなく「ノー」と言えますが、これまで数学を通して学んだことや経験は今の生活に生かされているとは思います。

指導教授はかなり高齢で、おそらく力を入れて指導する最後の生徒がぼくだったのかもしれないということを考えると、辞めてしまって申し訳ないという気持ちはあります。

教えて頂いたことを無駄にしないためにも、何らかの形で「数学」に関して発信していくということはやっていきたいとぼんやり考えています。

あと、ここまで書いてみて、内的な欲求から数学を勉強し直すのもアリかなと思いました。

「趣味は数学です」ってなんかカッコイイ気がします。